今日11月1日現在も、最盛期に比べると弱くはなってますが、大阪地方ではまだキンモクセイが香っています。自宅マンション下の植え込みのキンモクセイをみても花をつけているのがわかります。
今年は咲き始めも遅かったように思いますが(記録をつけるのを忘れてしまった(^^;)、それ以上に長持ちしているような気がします。
ただ、咲き始めにくらべて咲き終わりはあまり意識することがないので、正確な比較はできないですが、11月にもなって香っているというのはあまり経験がないような気はします。
やはりこれも、このところの温暖化と関係があるのでしょうかね。
今年は咲き始めも遅かったように思いますが(記録をつけるのを忘れてしまった(^^;)、それ以上に長持ちしているような気がします。
ただ、咲き始めにくらべて咲き終わりはあまり意識することがないので、正確な比較はできないですが、11月にもなって香っているというのはあまり経験がないような気はします。
やはりこれも、このところの温暖化と関係があるのでしょうかね。
今朝9時30分頃、自宅(大阪市内)でクマゼミの声を今年はじめて聴いた。昨年(2006年)より数日早い。一声鳴いてすぐに鳴きやんだ。気温は約26度(ただし気象庁HP発表値。このあたりはもう少し高いかもしれない)。
今日、家の近くの和菓子屋さんの前を通りかかると、店先にもろぶた(餅を並べ入れる木の箱)が地面からうず高く積み上げられ、店内からは糯(もち)米を蒸かす懐かしくもいい匂いが道路にまで漂い出していた。ああ、師走だなあ! この光景、この匂い、私の脳裏に子供の頃の歳末風景が鮮やかに甦った。
あのころは家でも餅をついていた。
年の瀬のある日、我が家は活気に満ちていた。土間に石の臼が据えられる。そこに蒸かしたてのもち米が入れられる。あたりにもうもうと立ちのぼる白い湯気。やがて餅をつく「ポン!ポン!」という大きな音が土間に響き渡る。居間では所狭しともろぶたが並べられて餅のつき上がるのを待っている。大人たちが忙しく立ち働いている。
やがて搗き上がった餅は、すぐに母たちが手際よく丸めて、もろぶたの中に並べていく。
目の前で繰り広げられるそんな光景を見ている子供の私は幸せだった。
(餅自体はあまり好きではなかったのだが(^^ゞ…今は餅大好きです)
しかしいつの頃からか、土間からはあの活気のある光景は消え、ポン、ポンという威勢のいい音もしなくなった。正月の餅は餅搗き屋(ちんづきや)に任せるようになった。
その後時代はさらに進み、餅は店で買う時代となってしまった。
私は今は大阪に住んでいるが、そう言えばつい何年か前まで、自宅の近くで、年の瀬になると「ポン、ポン!」と景気のいい音を響かせて、路地で餅を搗いているお宅があった。このところその光景を見ないがどうなったのだろう。私がたまたまその場面に遭遇していないだけなのだろうか…。今でも餅つきを続けてくれているといいのだが(ずいぶん勝手な願いだけれど)。
餅つきの音、私にとっては懐かしい音のひとつです。
あのころは家でも餅をついていた。
年の瀬のある日、我が家は活気に満ちていた。土間に石の臼が据えられる。そこに蒸かしたてのもち米が入れられる。あたりにもうもうと立ちのぼる白い湯気。やがて餅をつく「ポン!ポン!」という大きな音が土間に響き渡る。居間では所狭しともろぶたが並べられて餅のつき上がるのを待っている。大人たちが忙しく立ち働いている。
やがて搗き上がった餅は、すぐに母たちが手際よく丸めて、もろぶたの中に並べていく。
目の前で繰り広げられるそんな光景を見ている子供の私は幸せだった。
(餅自体はあまり好きではなかったのだが(^^ゞ…今は餅大好きです)
しかしいつの頃からか、土間からはあの活気のある光景は消え、ポン、ポンという威勢のいい音もしなくなった。正月の餅は餅搗き屋(ちんづきや)に任せるようになった。
その後時代はさらに進み、餅は店で買う時代となってしまった。
私は今は大阪に住んでいるが、そう言えばつい何年か前まで、自宅の近くで、年の瀬になると「ポン、ポン!」と景気のいい音を響かせて、路地で餅を搗いているお宅があった。このところその光景を見ないがどうなったのだろう。私がたまたまその場面に遭遇していないだけなのだろうか…。今でも餅つきを続けてくれているといいのだが(ずいぶん勝手な願いだけれど)。
餅つきの音、私にとっては懐かしい音のひとつです。



